恥ずかしい話ですが、富士宮市在住なのに金山があったなんてしりませんでした。この話を伺った「ふもとっぱら」の竹川代表とスタッフの松崎君・和田君の案内のもと、2005年5月5日、快晴のこどもの日に行ってきました。
現在はトレッキングコースとして有名な毛無山。日本に数山ある「毛無山」で最も標高の高い毛無山が富士宮のこの毛無山である。標高は1964m。山頂を目指さずに、地蔵峠を越えれば、お隣の山梨県・下部温泉へも抜けられる。この地蔵峠ルートの途中に金山が??? 戦国時代の昔から、戦後まで採掘されていたとは知らなかった。
その昔、金山(かなやま)1000軒と謡われ、開拓者がこの山奥に居を構え、一攫千金を目指した歴史浪漫。富士山人が登らずにはいられないじゃないですか!
沢沿いを抜けるこのルート。思ったよりゴツゴツした岩が多く歩きにくい。富士登山数十回を誇る私でも、幼少の頃からこの地を走り回っていた竹川代表のペースに四苦八苦。前日にサッカーをして、「足が攣りそうと言ってたのに!」このペース。水筒も持たずに手ぶらで登ってしまうこの代表とは「人種が違う!」と諦め、必死について登りました。
そうこうしているうちに最初の滝「比丘尼の滝」に到着。道中5つある滝の内、唯一名前が付いてる滝だそうです。「それじゃ、残り4つの滝の名前でも考えるか。」と思ったらさっさと出発。が、ひと汗かいたせいか少し楽に。途中滝つぼのプールで休憩し、頭をプールへ。はっきり言って「生き返りました」。
ところどころ顔を出す富士山の雄大さに心を打たれ、偶然出くわしたオオタカの優雅な飛行に目を奪われ、「気持ちィー」と感動したところで、住居跡が。平らに整地され、明らかにここに住居があった跡も。「こんな山奥に本当に人が住んでたんだ!」と感嘆し、歴史浪漫に耽る私。「まだ金が取れたら、俺は全てを犠牲にしてここに住む勇気があるのかなー?」と考えていると登山道を外れるではないですか。この後はかすかに残るルートを頼りに、木の枝を掻き分けての登山。
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